TRANKIEL GRONINGEN-JAPAN

 
学生とカレンダー

M.F.V. Panacea(医学部学生会パナセア)のアクション、大成功
 
 時間、それは日々の生活の中でますます重要になってきています。かつてはまだ、どこでも静かな時間を過ご巣ことが出来、スケジュールに縛られた生活ではなかったのですが、現代人は今ますます時間の圧力が大きくなるのを経験しています。昔の静かな時間とは対照的に、それは経済的利害により多く関わっています。「時は金なり!」何かを忘れたくないなら、とても慎重な計画が必要です。今日では学生生活でも、それは同じことです。大学で「永遠の学生」に出会えた時代は、既に過去のものとなっています。
 
 3FMシリアス・リクエストのガラスの家が6日間フローニンゲン市フロート・マルクトに姿を現し、最終的に7,113,447ユーロという記録的な募金額を達成してから、もう数ヶ月が経ちました。その総額が前年のシリアス・リクエストを超えただけでなく、このイベントを訪れた人数も251,000人を数えました。経済のことを話すなら、訪問した人たちは市内の売り上げ増大にも貢献しました。
 オランダで地歩を得た2つの学生党の1つ、1993年に創設された党 Student en Stad(学生とフローニンゲン市)は、そのガラスの家がフローニンゲンにやって来ることを、達成の1つとして発表しています。例えば、学生のための仮設コンテナ住居を増やしたことや、市による所有者のいない自転車の撤去などと並ぶものとして。
 1994年からずっとフローニンゲン市市議会に議席のあるその党は、今年また地方選挙のキャンペーンに成功しています。
 
 学生たちの存在が、フローニンゲン市を平均年齢36.4歳というオランダで一番若い市にしており、市の姿の大部分は彼らに関わっています。世界的なマラリアとの闘いに向けた3FMシリアス・リクエストの大きな成功に、これらの学生たちが一緒にある役割を果たしたことは、議論の余地がありません。
 2人の医学生が何かしようと考え、一杯やりながら、間違いなく売れるものを作ろうと決めました。ヌード・カレンダーです!
 彼らが多忙を極めていたその活動中に、とても関心を持っていたのですが、その時期が過ぎた今、トランキールはそれが実際どのように進行したのか知りたいと思いました。
 
 友人のマク・ローラント・デ・ヨングと一緒にカレンダーのアイデアを思いついた、医学生であると同時に情熱的な写真家でもあるティム・フォン・シュクマンと話しました。
 2人の学生は、彼らのアイデアがまだ現実のもの、彼らが誇れるようなものにはなっていないと思っていました。彼らの町でのガラスの家のアクションは、ちょうど良い時にやって来たと言えます。その夜そのバーで、ティムが撮影してヌード・カレンダーを作ろうということになりました。彼らは又、それがバースデー・カレンダーでなければならないと考えました。それは1年限りのカレンダーより長く楽しめます。
 
 
 しかし、ヌードでポーズする用意のあるモデルたちを、どのようにして探したのでしょうか。
 
 ティム:「マクと私が期待した以上の大きな反応がありました。二人だけでカレンダー・プロジェクトを実現することは出来なかったので、自分たちの医学部学生会Panacea(パナセア)の委員会に、援助してもらえるかどうか尋ねました。委員会はたちまち夢中になり、ボランティアたちが援助してくれました。Commissie Ontwikkelingssamenwerking Panacea (COP : 開発援助パナセア委員会)というパナセアの理想的な委員会の手助けを得て、一緒にその計画を進めました。COPと私たち二人から構成された新しい組織が出来、私たちはそれをde Inc.(デ・インク、Ideële Naaktkalender Crew:理想的ヌードカレンダー・クルー)と名付けました。」
 
 それから、フローニンゲンの全医学生への呼びかけが始まり、案内の催しが開かれ、学部にポスターが貼られました。その催しへの関心については、全く不満はありませんでした。期待した以上の多くの学生が集まり、説明を興味深く聞き、ティムがその催しのために撮影したマクのガールフレンド、フレデリーケのテスト写真を見ました。
 その後、関心のある人たちが質問表に自分の好みなどを記入し、候補者たちの写真が撮影されました。
 
 明らかに必要な人数を超えていたと言えます。もしかすると、もう以前にカメラの前でポーズをとったことがある学生たちがいたのでしょうか?
 ティムの答えは簡潔でした。「私の知る限りでは、セミプロとしてポーズをとるのは、誰もが初めてのことでした。」
 
 それから、どのモデルを選ぶか最終的に決めなければならない時が来ます。そこでは、既に制作者たちの頭の中にあった考えが大きく働きました。彼らは、ブロンド3人の写真のイメージと、ブルネット3人の写真のイメージを抱いていました。その他に、モデルは全体のイメージに合わなければならないことも、はっきりしていました。例えば、異性と一緒にポーズをとったり出来るのだろうか、という疑問も浮かびました。最終的には、醸し出す雰囲気で決定しました。
 次にモデルとしての医学生たちは、例えば「神経科」あるいは「ファミリー・ドクター」というようなテーマで分けられました。この選択は、デ・インクによって行われました。これに伴い素晴らしかったことは、モデルたちが自発的にポーズや小道具のアイデアを出してくれたことです。
 そのアイデアへの確信と、共同制作で特別なものが出来るという固い信念は持っていましたが、自分たちにはヌード写真の分野で必要なノーハウが欠けていることも又知っていました。ティムは大胆にも写真家エーヴァウト・ブルクスマに、アドバイスしてもらえるかどうかと尋ねました。最初、何枚かのテスト写真を見た後、ブルクスマはこのプロジェクトへの協力を決めました。
 その時から、彼の照明機材やカメラを使うことが出来ました。このプロの写真家は又、それぞれの撮影に居合わせ、例えばもう少しよいポーズを指示したりしました。ティム自身が、称賛を込めて付け加えます。「彼は私たちに、そうしてもらわなければ見落としていたようなことを、示してくれました。」
 
 カレンダーのための撮影は、クリニック・トレーニングセンターで行われました。そこは医学生があらゆる技能、診察などの訓練をする所で、モデルたちがよく知っている環境です。
ティム:「私たちにはよい場所でした。そこには小道具が全て揃っています。診察台、反射診断用ハンマー、その他の相応しいもの。しかし、この場所は毎日トレーニングに使われているので、私たちは限られた時間しか使うことが出来ませんでした。そのため、私たちは全ての写真を丸3日間で撮影しなければなりませんでした。それはとても集中した作業でしたが、その長い一日の終わりには、大きな達成感が得られました。」
その3日間に、Canon Eos 5D で優に1000枚の写真を撮影しました。この中からカレンダーに使う写真13枚が、最終的に選ばれました。
 
バースデー・カレンダー
医学部学生会パナセア©

ク・ローラント・デ・ヨングと
ティム・フォン・シュクマンの
アイデアによる。


<撮影> ティム・フォン・シュクマン

<写真クオリティの管理>
   エーヴァウト・ブルクスマ


<モデル>

カバーモデル:パメラ

1月:ヤン・ベーレンツ、バイケ
2月:フレデリーケ、
   マ
ク・ローラント
3月:トム、ディーデリク、ピーテ

   チェルク
4月:ミルタ、アネ
5月:マリウス
6月:アハタ、ブレンダ、レオニー
7月:ジャン・パウル、マ
レーン
8月:リルウ
9月:アネ、ミライエ、ミンケ
10月:イェレナ、ヘールト
11月:キラ、ミンケ
12月:マクス
 
 それから、突然の批判もあり、ポルノという言葉さえ口にされました ...
 
 ティムは、彼らが最高に驚いたことを話します。それも、全く予期していなかったことです。彼ら自身は、自分たちの会の会員たちにカレンダー200部を販売し、それらは長く使われるだろう、と考えていました。しかし、当時メディアがそのプロジェクトを紹介し、すぐに、カレンダーの出版のためにヌード写真を撮影する学生たちのことが、多くの人の話題に上りました。RTVノートが多くの関心を払い、NOS HeadlineNOS-オランダ放送協会-の若者向けサイト)にも掲載されました。
 ガラスの家のためにお金を集めるための、かなり無邪気な計画として始まったものが、急に全国的な関心を引き起こしました。医学を背景とした美しくシックな写真のカレンダーを作ることだけを意図していたのですが、突然全く違った意味付けがなされました。誰もまだそのカレンダーを実際に見てはいなかったのですが、多くのことが話されました。ポルノとさえ ...
 ティム:「特にモデルたちにとって、とても残念だと思いました。私はそのほとんどの人をよく知っており、彼らはポルノと見なされるようなことは決してしないことも知っています。又、彼らには私心はありませんでした。全てがその良い目的のためでした!それなのに、そのようなことを言われて ... 」
 しかし、その成功で大変良いことが出来ました。全国から注文が来て、その結果、努力と愛情を注いで制作した1000部余りのカレンダーが、すぐに売れてしまいました。
 
 カレンダーの一つが家の壁に掛かっています。時間が飛ぶように過ぎ去ることは経験しましたが、もう誕生日を容易に忘れることはないでしょう。
 
 
>>Panacea(英語)
 
>>Tim von Schukkmann(ティム・フォン・シュクマン)(オランダ語)
 
 




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