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 佐川在住のDolf van de Graas(ドルフ・ファン・デ・フラース)さんから、Marjolijn Februari (マリヨライン・フェブルアリ)さんの次のようなコラムを知らせていただきました。彼女は作家、エッセイスト、哲学者として知られており、 Volkskrant(フォルクスクラント:オランダの全国紙)の「Het Betoog(論考)」も執筆されており、これは2009年1月17日にそのコラムに書かれたものです。
 フェブルアリさんが「トランキール」への掲載を快諾してくださいましたので、以下その全文を紹介させていただきます。
 
ジャパンタイムズ
 
 日本の麻生太郎首相は、あるスピーチを「下々の皆さん」という言葉で始めました。それは言い間違いであった可能性がありますが、多分そうではなかったのでしょう。経済学者で同志社大学教授のコラムニスト、浜矩子は書いています。「彼自身の家族の周り以外は低い階層の人たちと見ていると、人は感じます。」
 
 最近日本にいるペンフレンドが「ジャパンタイムズ」の切り抜きをたくさん送ってくれるので、私は日本について皆さんが知らないいろいろなことを知っています。四日市市の堀で18世紀の入歯が見つけられたこと。この厳しい冬、犬山の日本モンキーパークで130匹の日本猿が大きなキャンプファイヤーの周りで満足そうに座っていること。日本の平均的被雇用者は長時間働き、昨年の休暇は8.3日しかとっておらず、セックスのための時間はなく、従って出生率が低下していること。新日本石油では少し前から、夜7時以降の残業は許可を得なければならなくなったこと。
 グローバリゼーションはもう日本からのニュースを、私が期待しているような日本独特のものではなくしています。私のペンフレンドは女性の地位についての切り抜きを、彼自身がその主題に関心があるからなのか、それとも私がそのことに関心があると思ってられるからなのか、たくさん送ってくれます。今回彼が送ってくれた中で最も重要だと思ったのは、ワシントン・ポストからのインドについての記事でした。
 インドの低い階層の少女たちは過酷な生活をしている、とその記事には書かれています。彼女たちは懸命に働かなければならず、彼女たちの兄弟たちより子供のうちに亡くなる率が高くなっています。彼女たちも教育を受けますが、短いものです。何故なら、両親は将来結婚し夫の家のために働くようになる女の子に教育費を払う気にならないからです。「誰も他の家の庭には水をまきたがらない」と俗に言われているように。インドで国際協力NGO、CAREのプログラム・ダイレクターをしているヴェーナ・パディアは、「憲法は女性は平等であると言っていますが、社会はそうではないと言っています。」と歯痒い思いで話します。
 
 更に読みます。切り抜きの山の働きは奇妙で、すべてがすぐ互いに参照し合うことを指示しているように見えます。私がインドの少女たちの不平等について読み、それを傍に置いたら、その山の一番上にはマルクスについての切り抜きがのっています。出版社イースト・プレスは『資本論』の漫画版を発売し、最初の数日間でもう7000冊が売れました。日本人がマルクスにそんなに夢中になれるのは、法律上は人は確かに平等であり得るけれど、実際は全く違った扱いを受けているからでしょう。
 日本から送られた切り抜きから、あることが明らかになります。社会的な不平等の存在。18世紀に、お金持ちの日本人は木製の入歯を手に入れることが出来たけれど、貧しい日本人はそんなことは出来なかった、繁栄の中の不平等。インドの少女たちは憲法上は平等な権利を持っているが、その実現は出来ない、女性の扱いの不平等。麻生太郎首相の下々の人たちに対する軽視から明らかな、社会的不平等。
 もしかすると、と突然私は考えます。日本で『資本論』の漫画版が発売されたのは、この首相のためだったのではないかと。何故なら、麻生はとても漫画が好きで、それ以上はそんなに良く読めないからです。去年の終りには、彼が日本の3種類の文字の1つである漢字が良く読めないことで大騒ぎにさえなりました。官僚が用意したスピーチの原稿をうまく読み上げられなかったのです。しかし最も恥ずかしいことは、この国のリーダーが字が読めないということではありません、とコラムニストの浜矩子は書きます。いっそうひどいのは、彼が全くの傲慢から、自身の社会に属さない人々を侮辱していることです。
 もう一度切り抜きを拾い読みし、ペンフレンドがそれらを送ってくれることへの交換として、今週の Vrij Nederland(フライ・ネーデルラント:雑誌の名前)を彼に送ることを決めます。その中にはオランダの大学での女性の地位についての資料が載っていて、女性教授の数はヨーロッパの基準をかなり下回り、2010年の目標数もヨーロッパの目標数より少なく、それでもそれは達成されないであろうと書かれています。これには意識的な妨害はなさそうだ、と Vrij Nederland は考えます。オランダで女性は男性と同様の機会を得ていますが、同じやり方ではそれを実現することは出来ません。「それは無意識の偏見のためで、これによって女性たちは何度も傷つけられています。」
 
 もし日本に小包を送るなら ... と私は考えます。大学でのこれらの偏見は無意識である必要すら全くないことを示す、いくつかの切り抜きを付け加えることが出来るでしょう。特に、何ヶ月か前にVolkskrantに、女性はキャリアに向かうべきでないと書いた、ライデンの教授の記事を一緒に送りましょう。「ほとんどの女性は家庭を作りたいと思っています。女性は今も全くそのように『プログラムされて』います。」
 そして又、自然史博物館の館長の記事も忘れないようにしましょう。彼は、平等主義が女性たちの魅力を少なくしてしまった、と書きました。「すべてが平等でなければならない - 70年代、当時流行りの社会主義的平等の理想によって支持された、悪趣味な理想が力を得ていました。全ての子どもたちが高校に行き、全ての母親たちが庭仕事用のズボンを穿き、髪をショートカットにし、ローヒールを履いて仕事に出かけました。」
 何人かのオランダの大学卒業生たちは、彼らの世間知らずの世界観と他の人たちへの軽視で、驚くほど麻生に似ています。私は最後に、日本の科学者たちが人の考えを読むことが出来るテクノロジーを開発していることを、床に落ちた切り抜きから読みます。私たちがそれらの重要人物の考えを更に知りたいと思うなら、これが役立つことになるでしょう。
 
 
マリヨライン・フェブルアリ
 
フォルクスクラント(2009年1月17日)- 「Het Betoop」 より
 
 
 
>> Marjolijn Februari (英語)
 
>> 浜 矩子
 
 
 







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