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自然画家 エリック・ファン・オメン

ブレーバールトポルダーから平戸まで


 5月に彼は「小旅行」でフィンランドの熊をスケッチしました。その数週間前には、1979年に出来たタームンテン近くにある美しい自然地域、ブレーバールトポルダーで彼の姿が頻繁に見られました。そこでは春には雑多なセイタカシギの群が、汽水の沼を歩きまわっています。


 それらの中で、上にそり返ったくちばしを持つ湿地の鳥ソリハシセイタカシギは特徴のある仕方で水からエサを獲り、フローニンゲンのこの場所を北西ヨーロッパでこの種の最大の集団繁殖地としています。1000以上が数えられます! しかし一般的に越冬にはより暖かいポルトガルを好んでいて、自然の中で絵を描きたいというエリック・ファン・オメンの関心は、特に鳥のこの渡りにあります。野外イーゼルと双眼鏡を装備し、彼はソリハシセイタカシギに、その出発から従います。オーストファールダープラッセンとオースタースヘルデデルタ、フランスのソメバーイとイレ・デ・レの沼を経て目的地へと向かいます。
 この旅行から生れた『De kluten van Breedbaart(ブレーバールトのソリハシセイタカシギ)』という新しい本が10月中頃に出版されます。1981年に発行された彼の最初の本『Op Twee Vleugels(二つの翼で)』から数えて27冊目です。


 フローニンゲン在住のエリック・ファン・オメンは1956年にエペ(ヘルダーラント州)で生まれ、1983年に美術アカデミー・ミネルバを卒業しました。そこでとりわけ、レイン・ポル、ヤン・ファン・ローン、マルティン・ティシングの授業を受け、北方リアリスムの伝統の中で具象的な作品を制作します。
 芸術プロジェクトによって自然地域が脅かされていることに注意を促す目的で「Artist for Nature Foundation」が作られた時、彼もその創設者の一人でした。芸術と自然を結びつける活動として、彼は又毎年、鳥のスケッチとエッチングのコースを開いています。これはエコツーリスト・サービスのために国内外で行われています。
 彼自身が言います。「画家として私にインスピレーションを与えてくれるものの保全に全力を尽くす必要を感じています。」


 この直感的な画家は、世界を自身のアトリエと見る選ばれた芸術家に属し、鳥や動物たちをその自然環境の中で描くためいろいろな場所に出かけます。鳥を描く時、彼は水彩絵の具を好みます。彼はそれが、その飛ぶという性格を表すのにとてもよく合っていると考えています。
 母なる自然の中での仕事は、彼をヨーロッパ以外の国にも運びました。アメリカ、カナダ、インド、エジプト、ナミビア、セネガルや日本へも。




日本


 エリック・ファン・オメンは2000年、芸術を架け橋とした異文化交流プロジェクト「12xおらんだ」に招かれ来日しました。このプロジェクトについて彼らのサイトに「オランダと日本の間のインターアクションとコミュニケーションを通して、一般的な文化交流に対する理解を深めてゆくことを試みます。」と書かれています。フローニンゲンからの芸術家に関しては本当に大成功でした。彼が2ヶ月間のその滞在をとても楽しみ絵を描いたというだけではなく、6年後には彼自身の絵と小関彰博氏の文で作られた『平戸の空』という本が刊行されることになります。その結びにはこのように書かれています。


 エリックは2000年の日蘭修好400周年記念事業の一つ「12xおらんだ」に招へいされて来日した。
 オランダと日本でみられる鳥は実に似かよっている。実は人間も想像していたよりも似ている。地球の反対側近くで生まれ育ちながら、絵描きのエリックと幼馴染のように呼吸が合うのに気づくのに時間はかからなかった。姿かたちはかなり差があり、身長の差は30cm以上。
 志々伎山(しじきやま)を歩いたときには後から歩くエリックがクモの巣にからまってはもがく姿が思い出される。
 道すがらエリックは平戸の自然を描いた本を出そうと話し合った。エリックは平戸の自然に魅せられ、私はエリックの絵のすばらしさとバードウォッチャーとしての目の確かさを感じていた。
            (『平戸の空』 筆者あとがきより)


 彼はそこに到着してから間もなく、日本の書画の技法に出会い魅了されました。書道と墨絵で、彼はたちまちそのとりこになります。それを習うことができるのでしょうか?地方画家の立石さんに頼み込み、教えてもらえることになりました。その決意は実るでしょう。彼の墨絵を日本で展示するという、欧米人としてめったにない大きな栄誉を得ることになるでしょうから。
 昨年出版された『De Inkvogel(墨の鳥)』は、彼の手で描かれた墨絵、コース・ファン・ゾーメレンの詩、 ヘルベン・ヴィニアのエッセイで構成された本です。その中で彼は『私の技法は、日本を訪問したことで大きく影響されました。』と書いています。


エリックは私たちに、次のように付け加えます。

「墨絵を描くことと書道の練習は、私の目を開かせました。画家として、墨が紙の上で出来ることの再発見を意味しました。数本の線で描く鳥、集中、白いライスペーパーに黒い墨... 赤い落款...
個人的には庭園や寺院、まだ残っている古い部分の素晴らしい美しさに心を打たれました。密集して建てられたところの醜さとはとても対照的だったのですが、その中にも又違った魅力を感じました。
 日本に滞在していた間に体験したもてなしや、家にいるような安心な気持ちは、私にはとても良いものでした。私はそこでの大きな文化の違いを、極めて興味深いものとして経験しました。」




>>エリック・ファン・オメン『ブレーバールトのソリハシセイタカシギ』のプレゼンテーション


>>エリック・ファン・オメン『ブレーバートルのソリハシセイタカシギ』展覧会 写真集


>>エリック・ファン・オメン


>>エリック・ファン・オメン(オランダ語)






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