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9. ベルギーから


 このことを解決することさえ出来れば「一件落着!」と言えるかもしれません。真相を求めての探索が続きます。それは私たちをベルギーへ、ダインゼの町へ、尊敬すべきビジネスマンでジョルジュ・シムノンに関するエキスパート、フィリッペ・プロースト氏のところへと運びます。彼は「Les Amis de Simenon」の創始者で、今なおその運営者です。



 「Les Amis de Simenon」の雑誌『Cahiers Simenon』の最新号― 19号. Demeures et logis ― で、メグレのデルフザイルでの誕生等について、とても興味深い記事がプロースト氏の手によって書かれました。その「Souvenirs de... Delfzijl 」には何枚かの美しい写真も挿入されています。彼が今熱心に集めているメグレのコレクションの中に、時々意外なものが見つけられるかもしれません。今まで全く知らなかった日本語版のものを、見せてくれた時のように。それは、漫画版『メグレ警部 黄色い犬』(劇画:山本まさはる、翻案:加納一朗、印刷・製本:凸版印刷株式会社、発行:主婦の友社)です。









≪左:「Cahiers Simenon 19」の表紙≫


  ≪プロースト氏のメグレコレクションの一つ:日本語のコミック版≫


 救援をもたらしてくれたのはプロースト氏です。最初からの疑問へ答を携えてやって来てくれました。満足な答え。充分容認できるもの。と言うのも、全く道理にかなっているからです。
 探索は終わり、謎は解けました。とうとう! そして遂に、真実の物語を話すことが出来ます。


 1929年の春、ジョルジュ・シムノンは、オストロゴトと共にフランスを去りました。内陸水路を使ってアムステルダムに到達し、ゾイデル海をスタフォーレンへと渡りました。そこからデルフザイルへ航行しました。なおまだ内陸水路を使っています。しかし、デルフザイルが彼の目的地ではありませんでした。それはドイツの都市ハンブルクでした。彼はデルフザイルには滞在せずに旅を続け、エームス川と北海を経由してヴィルヘルムスハーフェンへと向かいました。そこからハンブルクへ航海するという意図で。しかし、ヴィルヘルムスハーフェンで、彼はスパイの可能性のある者とみなされ、直ちにドイツの領海を去らなければなりませんでした。そのため、デルフザイルに戻りました。港に入る時オストロゴトに至急修理が必要なことが発見され、これが9月いっぱいかかりました。ジョルジュ・シムノンはその後、デルフザイルから冬の間を過ごすスタフォーレンへと航行しました。




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